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6-15 引っ越す理由 1

last update Last Updated: 2025-05-23 22:48:04

 翌日――

オフィスで昼食を食べながら翔は不動産のHPを見ていた。目的は新しい住まいを探す為である。

(やっぱり会社から近い物件がいいな……。朱莉さんや蓮の為に、セキュリティもしっかりしていないと……)

翔が見ているのは六本木周辺のマンションである。希望の部屋の間取りは2LDK〜3LDK。明日香が戻って来ない今となっては、はっきり言ってしまえばあの億ションに住む意味は無くなってしまった。

元々は明日香の強い希望で今の場所に住んでいたのだが、1人で住んでいる翔に取ってはあまりにも広すぎて無用の長物となっていた。何より朱莉自身が贅沢を好まない。実際朱莉が使用していない部屋は2つもあるのだ。

(それに、あそこには京極も住んでいる。朱莉さんを守る為にも、引っ越しをしなければ……)

そこで改めて翔は思った。朱莉に引っ越しを提言された時、話を聞いて希望を受け入れてあげるべきだった。そうしていればこのような事態にはなっていなかったかもしれない。

「俺は……本当に何て自分勝手な男だったんだ……」

今更ながら激しい後悔が込み上げ、思わず翔はポツリと呟いた。

そこへ昼食を終わらせた姫宮がオフィスに戻ってきた。

「ただいま戻りました」

「ああ、お帰り。姫宮さん」

翔はPCから顔を上げると姫宮を見た。

「翔さん、お食事には行かれなかったのですか?」

「うん。少し調べたいことがあってね」

「調べたいこと……ですか?」

「実は引っ越しを考えているんだ」

「引っ越しですか?」

姫宮は首を傾げた。

「昨日朱莉さん宛てに明日香からもうすぐ出版される絵本が届いたんだ。それと一緒に手紙も添えられていて……俺とはもう修復は不可能だと書いてあったんだよ」

自嘲気味に翔は言った。

「まあ……」

眉を顰める姫宮。

「おまけに今は長野で恋人と暮しているそうだ。つまり、明日香と俺はもう終わったってことさ」

「それで引っ越しを考えておられるのですか? 朱莉さんと蓮君の3人で?」

「ああ。元々今住んでいる億ションは明日香の希望だったんだ。でも俺としてはあんなに沢山の設備が完備している必要は無いと思っていた」

「そうですね。確かに今お住いの物件はかなり設備が整っていますね。フィットネスジムやスパ、サウナや図書室……それにラウンジバー迄ありますし」

「それだよ、もう引っ越しして2年が過ぎたのにまだ一度も使ったことが無いん
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